肝炎とは肝臓の細胞が炎症によって破壊される病態です。以下のようにさまざまな原因があります。
肝炎を起こすウイルスにはAからEまでの肝炎ウイルス、EBウイルスやサイトメガロウイルスなどのウイルスがあります。当科で多くの患者さんが治療を受けているHIV感染症も急性期には肝炎を起こすことがあります。
ウイルス肝炎は病気の時期に応じて、急性肝炎(ウイルスがはじめて肝臓に感染した際に起きる。大きな炎症を起こすことが多い)、慢性肝炎(ウイルスの感染が持続している際に起きる。炎症は大きくないことが多いが持続するため、肝硬変や肝臓がんを合併することがある)に分けられます。
また、肝炎ウイルスには口から入り、腸を通じて肝臓に運ばれるもの(経口感染)と傷ついた皮膚・粘膜や血管から入り、血流により肝臓に運ばれるもの(非経口感染)とがあります。
前者にはA型肝炎ウイルス・E型肝炎ウイルスが、後者にはB型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルス・D型肝炎ウイルスがあります。肝炎ウイルスの感染経路については(図1)をご参照ください。
@ 口からウイルスが入り感染するもの A型肝炎ウイルス E型肝炎ウイルス
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A注射の時、あるいは体についた傷口から B型肝炎ウイルス C型肝炎ウイルス D型肝炎ウイルス
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AからEまでの肝炎ウイルス、EBウイルスやサイトメガロウイルスなどのウイルスが肝臓(おもに肝細胞)に感染してもすぐに炎症は起きず、数週間の潜伏期を経て炎症が起こります。潜伏期の間に感染は広がり、炎症(肝炎)が起きた際はたくさんの肝細胞が破壊されます。これが急性肝炎です。従って強い症状がおきます。
急性肝炎の症状には、全身倦怠感(だるさ)、食欲低下、発熱、黄疸(肝細胞で作られるビリルビンという色素が肝細胞の破壊により血中に放出され、ビリルビンが皮膚や結膜に沈着して黄褐色になること)などがあります。肝細胞の破壊が強いと凝固能の低下(出血後に血が止まりにくい)、意識障害などが起きることもあります。こうした状態(急性肝不全)の時は集中治療ができる施設での診療が必要になります。急性肝不全を起こすのはB型急性肝炎では1〜2%とされていますが、他のウイルスでは1%未満です。
ほとんどの症例では抗ウイルス治療は不要であり、食欲がない場合にブドウ糖を主成分とする点滴を行う以上の治療は行いません。
例外は(1)急性肝不全の合併例、急性肝不全への移行が予想される例、(2)C型急性肝炎で慢性化が予想される例(この場合慢性化した後に抗ウイルス治療を行うことでほぼ前例が治ります)です。
慢性化する可能性のある急性肝炎はB型・C型・D型・E型ですが、D型は南西諸島の一部を除けば日本には存在しませんし、E型の慢性化は臓器移植後など強い免疫抑制療法が行われる場合に限られます。
かつてはB型肝炎に感染した母親から胎児へ分娩の際に感染する(母子垂直感染)例が多いとされていましたが、1986年に母子感染予防プログラムが開始されてからは母子垂直感染の例はほとんど見られなくなり、幼少時に家族内あるいは集団生活の場で感染した後に慢性化した例、青少年期以降に性交渉で感染した後慢性化した例が報告されるようになりました。
B型肝炎の感染は血液を介して起こりますが、血液中のウイルス量が多い場合(例えば以下に述べる“HBe抗原陽性・肝機能正常”の場合)体液中にもウイルスが含まれる場合があります。ウイルスを含む血液・体液が他人の傷ついた皮膚・粘膜に触れた場合に感染が成立します。したがって体と体が接触する行為、ウイルスのついたかみそりや針で皮膚・粘膜を傷つけた場合に感染が成立します(図2)。
B型肝炎の自然経過については日本肝臓学会のウエブサイトでは(図3)のように紹介されていますが、実際は一人一人の患者さんで大きく経過は異なります。
大切なことは抗ウイルス治療を行うべきかどうかです。実際には抗ウイルス治療を行わなくてよいと判断されるのは現在のガイドラインでは以下の場合のみです。
これらの場合以外は核酸アナログによる治療の適応があります。ただし実際に治療を行うかどうかは専門医に判断してもらう必要があります。
核酸アナログとしては現在第一選択薬として使われるのは、エンテカビル(商品名バラクルード)、TDF(商品名テノゼット)、TAF(商品名ベムリディ)の3種類です。初めて核酸アナログを投与する場合はこのいずれかが選択されます。
これまで治療が行われた結果薬に対する耐性を生じた場合(薬が効かないウイルスができること)については肝臓専門医への相談が必要です。
日本肝臓学会のホームページは専門医向けですが詳しい情報が載っています。
https://www.jsh.or.jp/medical/guidelines/jsh_guidlines/hepatitis_b
C型慢性肝炎の患者さんの30〜40%は輸血や血液製剤の投与を受けられており、それが感染の原因と考えられます。その他の患者さんの感染の原因としては母子感染、性行為、入れずみ、注射器の使い回しなどが知られていますが、よくわからない方もおられます。C型肝炎ウイルスの感染力は強くなく、傷ついた皮膚や粘膜から比較的多量のウイルスが体内に入ることにより感染が成立すると考えられます。
ワクチンはできていませんが、通常の社会生活では感染の恐れはないため、食器の共用、入浴、スポーツなどにおける差別など社会的な不利益がないようにするべきです。
C型肝炎の自然経過もB型肝炎同様個人差が大きいですが(図4)のように考えられています。
C型肝炎の自然経過を考える上での問題点は
です。従ってできるだけ若いうちに治療をした方がよいということになります。
C型慢性肝炎の抗ウイルス治療は2014年まではインターフェロンを用いた治療しかありませんでした。遺伝子型(ゲノタイプ)1の患者さんで70%台、ゲノタイプ2の患者さんで80%台のウイルス排除が可能になっていましたが、インターフェロンが効きにくい遺伝子型を持つ患者さんを治すことは難しかったですし、インターフェロン治療は副作用も強く、治療を完遂できない患者さんも多数おられました。
2015年からはインターフェロンを使わない治療が主流となっています。「インターフェロンフリー」の治療と言われています。
その後も治療法は進歩し、現在はゲノタイプ1に対してはソホスブビルとレジパスビル配合錠による治療(12週間内服、商品名ハーボニー)、エルバスビルとグラゾプレビル併用療法による治療(12週間内服、商品名エレルサ・グラジナ)が行われます。
ゲノタイプ2に対してはソホスブビル(商品名ソバルディ)とリバビリンの2剤併用療法(12週間内服)、ソホスブビルとレジパスビル配合錠による治療(12週間内服)、グレカプレビルとピブレンタスビル併用療法による(12週間内服、商品名マビレット)があります。これにより、95%以上の人でウイルスを体内から排除できます。現在、この治療は慢性肝炎と初期の肝硬変の患者さんに限られており、肝臓の障害が高度(非代償性肝硬変)の患者さんには現在のところ投与することができませんでしたが春からは新しい抗ウイルス薬が使える予定です。
なお、HCVを排除し慢性肝炎が治癒しても、これまで悪くなってきた肝臓が完全に元に戻ったわけではありません。定期的な検査と経過観察を受けることが重要です。
当科は特にHIV感染者に合併したB型慢性肝炎、C型慢性肝炎の治療に実績があります。病院専属の社会福祉士による社会福祉制度の利用をはじめとした生活支援を行っており、チーム医療体制を整備しています。
B型肝炎ウイルスに持続感染している人(HBキャリア)はHIVに感染していない人では全人口の0.7%程度ですが、HIV感染者では6%以上と高率です。また、HBキャリアではないもののB型肝炎に罹ったことのある人はHIV感染者の50〜60%を占めると推定されています。
B型肝炎を予防するためにはHBワクチンの接種が標準的ですが、HIV感染者に対するHBワクチンの効果は約50%であり、接種により獲得できたHBs抗体もすぐに陰性化することがあることから、HIVに対する抗ウイルス薬の選択に際してHBVに対しても有効な薬を選択することによりB型肝炎を予防しています。
HIVに感染した人がB型肝炎にかかった場合、10〜20%は慢性肝炎になります。放置すると肝硬変や肝細胞がんに進展する可能性がありますので、B型肝炎と診断された場合、抗ウイルス薬の投与を行う必要があります。
血液製剤でHIVに感染した人はそのほとんどがC型肝炎ウイルス(HCV)に同時に感染しています。また、性交渉でHIVに感染した人の約4%がHCVに同時に感染しています。
C型肝炎の治療は経口抗ウイルス薬を用いた治療が行えるようになりました。副作用もなく効果も高い治療です。
ただし経口抗ウイルス薬でC型肝炎ウイルスを体から排除しても傷んだ肝臓が回復するのには時間がかかります。飲酒や肥満は肝臓の回復を遅らせますのでC型肝炎にかかった人では注意が必要です。
また、現在日本では安い医療費で経口抗ウイルス薬による治療を受けることができる医療費助成制度がありますが、再感染した人にはこの制度は適応されません。健康保険はこの場合でも適応されますが高額の負担が必要になりますので注意が必要です。