マラリアは現在では主に熱帯地域で流行する疾患として知られているが、かつては温帯の広い地域にも分布し、近代以降もしばしば流行を繰り返していた。わが国でも古くからマラリアが存在していたことが古文書より推定されており、第二次大戦前には沖縄、九州はもちろんのこと、東北、北陸の日本海沿岸で蔓延していた。こういった土着マラリアは、インフラの整備、公衆衛生の向上により、1962年以降みられなくなっている。
マラリアは数十年前まで熱帯以外の地域を含め、世界のいたる所で存在していた。また日本のように現在は土着マラリアの発生のない温帯の地域においても依然としてハマダラカは生息しており、流行が繰り返される可能性は常にある。
世界的にはマラリアは90カ国以上の国々で公衆衛生上の大きな問題であり、これらの地域は24億の人口(世界人口の40%)を抱えている。WHOの最新のデータによると毎年3億から5億人が罹患していると見込まれており、その90%はサハラ以南のアフリカの人々である。年間死亡者数は全世界で毎年100万人を越えている。DDT耐性のハマダラカ、クロロキン耐性、メフロキン耐性の熱帯熱マラリア原虫の出現により、流行地の人々を取り巻く状況はいっそう厳しいものになっている。さらにアフリカ大陸を中心としたHIV感染症の大流行により、抵抗力の弱ったHIV感染者が熱帯熱マラリアに罹患し容易に重症化するという悪条件も加わっている。
現在日本人の海外渡航者は、熱帯地域の都市部だけでなくマラリア罹患のリスクが高い辺境にも多く滞在している。適切な予防、情報なしで滞在する場合も多く、マラリアに感染し、帰国後発症する症例が年間100名前後発生している。最初に訪れる医療機関で感冒等と誤診され、診断、治療の遅れから、熱帯熱マラリアに罹患した患者が死亡することもあり問題となっている。
マラリアはマラリア原虫が人体に寄生することによって引き起こさる。媒介動物はハマダラカである。
ピンク色の丸い形のものが赤血球、
矢印で示した輪状(左図)または鎌状(右図)のものが赤血球に感染したマラリア原虫です(当科症例)。
(WHO International travel and healthから)
ヒトに寄生するマラリア原虫には以下の4種類がある。
これらは細胞内寄生の原虫で、ヒトの体内では無性生殖、媒介蚊であるハマダラカの体内で有性生殖で増殖する。
マラリアの種類 | 潜伏期 |
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熱帯熱マラリア | 7〜14日 |
三日熱マラリア | 12〜17日あるいはそれ以上 |
卵形マラリア | 11〜18日あるいはそれ以上 |
四日熱マラリア | 18〜40日あるいはそれ以上 |
この際注意すべき点は、熱帯熱マラリア以外のマラリアの場合は潜伏期が長期化する例が少なくないことである(抗マラリア薬を内服していた場合は更に潜伏期は修飾される)。潜伏期からわかるように、海外よりの帰国時には全然症状がなく、帰宅後発熱が出現するというのが大半である。
流行地に滞在しなくても熱帯地より航空機と共に運ばれてきたハマダラカに刺され発症する場合もあり、空港マラリアと呼ばれる。輸血や針刺し事故による伝播や経胎盤感染もまれにある。
季節、天候などによりマラリアが流行する地域は変わるので、下のホームページも参照することを勧める。
地域別のリスクは以下のホームページを参考にすると良い。
ミュンヘン大学医学部熱帯医学研究所(英語のページ)
http://www.fit-for-travel.de/en/home.thtml
このサイトを開き、[Destinations]のアイコンをクリックすると、国名一覧のページが表示される。そのアルファベット順に並んでいる国名をクリックすると、マラリア汚染が示された地図が出現する。さらに虫眼鏡のアイコンをクリックすると、その国の地図とマラリア汚染の詳細な地図が出てくる。
travel health online
https://www.tripprep.com/scripts/main/default.asp
このサイトは病気も含めて、治安などの情報が記載されており有用。
予防内服に関してはマラリアの予防内服を参照。
夜間外出 | ハマダラカが吸血活動をするのは夕暮れから夜明けの間であり、その間の外出は避ける。 |
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衣服、虫除けスプレー、野良仕事用蚊取り線香 | 暗くなってからの外出が避けられない場合、蚊が嫌う明るい色の衣服で長袖、長ズボンを着用する。皮膚の露出部にはDEET (N,N-diethyl-m-toluamide)を含む昆虫忌避薬をスプレーする(日本国内で市販されている普通の虫除けスプレーでよい)。スプレーは汗をかくと効果がなくなるので、こまめに使用する必要がある。スプレーしにくい場所には、手に吹き付けクリームを塗る要領で塗布するとよい。また、蚊取り線香は野良仕事に使用する腰からぶら下げるタイプの物が有用で、マラリア流行地で夜間外出するときは持参すると便利である。 |
ホテル | 宿泊は密閉してエアコンを使用できる部屋か、それが不可能ならば破れていない網戸を閉められる部屋を選ぶ。部屋の中ではペルメトリンなどのピレスロイド系薬剤を含むスプレー式殺虫剤あるいは蚊取り線香、電気式蚊取り器を使用する。日本製の蚊取り線香は世界最高の水準であり、是非使用すべき。 |
蚊帳 | 蚊帳はピレスロイド系薬剤に浸漬したものがよい。穴が開いていないことを確かめ、蚊帳の裾を布団やマットレスの下にきちんと折り込み、中に蚊が入っていない事を確認する。旅行用の携帯式のものが市販されている。 |
特に日本人の落とし穴になりやすい盲点を列挙する。
サファリ | ケニア(マサイマラ、アンボセリ)、タンザニア(セレンゲティ、ンゴロンゴロ)、南アフリカ(クルーガー国立公園)のサバンナの中でサファリに行く人達は、欧米の教科書によると比較的感染の機会は少ないと考えられている。盲点はこの地域のホテルは中心となる大きな建物があり、客室はロッジになっている所が多いという事で、大抵夕食は中心の大きな建物で摂り、離れたロッジまで歩いて帰るが、酔って帰る人も多く、途中で夕涼みをする人もいる。この時に感染する可能性がある。 |
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登山 | キリマンジャロ、ケニア山などの登山をする際、高地なのでマラリア感染の危険はないと考える旅行者がいるが、標高2000m以上でも少ないがリスクはある。しかし、標高3000m以上では感染しない。 |
動物ウォッチング | マダガスカルの人気ツアーとして夜行性の野猿ウォッチングというのがあり、非常に危険である。 |
滝見物 | ジンバブエの北西部のザンベシ渓谷では一年中熱帯熱マラリアのリスクは高度で、人気ツアーとしてビクトリアの滝を見ながら屋外でディナーをするというのがあり危険である。 |
マラリアの三大主徴は、特有の熱発作、貧血、脾腫である。一般的にマラリアの熱発作は以下の表のように経過する。しかし、熱帯熱マラリアでは発熱に伴う症状が強く、また、発汗期の解熱が不十分であり、稽留熱や弛張熱を呈することも多く、解熱している時間帯でも健康感はない。
stage | 症状 |
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悪寒期 | 不定の前駆症状の後に悪寒、戦慄、体温上昇が出現1-2時間持続する。 |
灼熱期 | 悪寒は消失し、次は熱感を感じ、頭痛、顔面紅潮、結膜充血、関節痛、悪心、嘔吐等を伴う高熱が4-5時間持続し、この間、うわごとや意識障害を呈することもある。 |
無熱期 | 大量の発汗と共に解熱、臨床症状も軽快し気分爽快となる。 |
熱発作のパターンは初期には不規則であるが、熱帯熱マラリア以外は、次第に以下の表のような規則的な熱型になる(熱発作の周期は分裂体の破裂する周期に一致する)。熱帯熱マラリアでは、毎日もしくは1日に2〜3回不規則に発熱する。
マラリアの種類 | 熱発作の周期 |
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熱帯熱マラリア | 不規則 |
三日熱マラリア | 48時間 |
卵形マラリア | 48時間 |
四日熱マラリア | 72時間 |
マラリアの経過は熱帯熱マラリアとそれ以外とで大きく異なる。熱帯熱マラリアの場合は、発熱に伴う症状が強く、不規則に発熱し、解熱時も健康感がない。早期に治療を開始しないと血中の原虫数は急激に増加し、脳性マラリア、ARDS、急性腎不全、代謝性アシドーシス、重症貧血を併発し死亡する。一方、その他のマラリアは比較的ゆっくりした経過をとり、一般的に良性マラリアとも言われる。
一般検査でマラリアを疑うポイントは血小板減少である。マラリア流行地に滞在したことのある発熱患者で血小板減少を伴う場合は、マラリアが鑑別のひとつになる。早期には血小板減少のみられない場合もあるので、血小板が下がっていないからといってマラリアを否定することはできないが、少なくともすぐに治療が必要な重症マラリアではないと判断できる。
マラリアを疑うときは、血液の薄層標本を作製し、患者の血液内にマラリア原虫を確認することでマラリアを診断する。標本はpH7.4〜7.6のバッファーを用いてGiemsa染色を行い、1000倍で検鏡してマラリア原虫感染赤血球をさがす(普通の血液像を観察するpH6.4のバッファーで染めた標本では観察困難)。発熱しているマラリア患者であれば原虫が検出できることが多いが、一回の検査ではみつからないこともある。
自分で標本を作製するときの手順(3) |
自分で標本を作製するときの手順(4) |
原虫と間違えやすいのはゴミ、血小板である。血小板が赤血球の上に重なると、血小板と接する赤血球の部分の染まりがうすくなる。ゴミは通常、ギムザ染色液の濃い青色で染まるが、原虫は微妙に紫がかっているのが鑑別のポイントになる。
マラリアと間違えやすい血小板 |
ゴミの重なった赤血球 |
これらのキットは数滴の血液があれば簡単に検査ができる。( )は社名。
ICT Malaria P.f./P.v. (オーストラリアAMRAD ICT)
熱帯熱マラリア原虫のhistidine-rich protein2(HRP-2)と、熱帯熱マラリア原虫と三日熱マラリア原虫に共通の抗原をイムノクロマトグラフィー法にて検出し、熱帯熱マラリアと三日熱マラリアを診断するキット。熱帯熱マラリアではHRP-2が単独、もしくはHRP-2と共通抗原の両方のバンドが出現し、三日熱マラリアでは共通抗原のバンドが単独で出現する。熱帯熱マラリアに対する感度は95〜100%であり、特異度は85〜100%。三日熱マラリアに対する感度は75%である。治療成功例でも2週間は陽性が続くことがあり、治癒判定には有用でない。熱帯熱マラリアと三日熱マラリアの混合感染の区別はできず、卵形マラリアの一部は三日熱マラリアと同じパターンを示すことがある。また、リウマチ因子陽性者の偽陽性がみられることがある。
ICT Malaria P.f./P.v. (binax) |
熱帯熱マラリア |
熱帯熱マラリア |
三日熱マラリア |
ICT Malaria P.f./P.v. (binax) 熱帯熱マラリア 熱帯熱マラリア 三日熱マラリア
Cは陽性コントロール、1が熱帯熱マラリアに特異的なHRP-2のバンド、2が熱帯熱・三日熱マラリアに共通な抗原のバンドである。
(写真は国立感染症研究所 感染症情報センター 木村幹男先生の提供)
OptiMAL (米国Flow)
熱帯熱マラリア原虫に特異的な乳酸脱水素酵素(pLDH)と、熱帯熱および三日熱マラリア原虫に共通のpLDHをイムノクロマトグラフィー法にて検出し、熱帯熱マラリアと三日熱マラリアを診断するキット。熱帯熱マラリアでは両方のバンドが出現し、三日熱マラリアでは共通抗原のバンドが単独で出現する。熱帯熱マラリアに対する感度は89〜94%であり、特異度は88〜98%。三日熱マラリアに対する感度は91%である。治療成功例では早期に陰性化し、治癒判定には有用と考えられている。熱帯熱マラリアと三日熱マラリアの混合感染の区別はできず、卵形マラリアおよび四日熱マラリアの一部は三日熱マラリアと同じパターンを示すことがある。また、リウマチ因子陽性者の偽陽性がみられることがある。
熱帯熱マラリア |
三日熱マラリア |
OptiMAL (DiaMed) 左:熱帯熱マラリア 右:三日熱マラリア
上のバンドが陽性コントロール、真ん中のバンドが熱帯熱・三日熱マラリアに共通なpLDHのバンド、下のバンドが熱帯熱マラリアに特異的なpLDHのバンドである。
(写真は国立感染症研究所 感染症情報センター 木村幹男先生の提供)
マラリア保有蚊に刺されるとスポロゾイトが人体内に入り、数分以内に肝細胞に侵入する。熱帯熱マラリアでは、これが全て分裂体へ発育する。また、三日熱マラリアでは、一部は分裂体へと発育するが残りはヒプノゾイトとなって休止期に入る。分裂体は肝細胞を破壊し、数千個のメロゾイトを生じる。これが赤血球に感染し、メロゾイトは早期栄養体(輪状体)、後期栄養体(アメーバ体)を経て、分裂体に成熟し、再びメロゾイトを放出し、新たな感染赤血球を生じることになる。発育を繰り返すうちに一部は雄性と雌性の生殖母体となる。生殖母体は蚊に吸われることで有性生殖するが、人体内では死滅する。
三日熱および卵形マラリアでは、肝細胞内で休止期に入ったヒプノゾイトが数ヵ月後に分裂を開始し再発する。一方、熱帯熱および四日熱マラリアはヒプノゾイトが存在しないため再発しない。
輪状体 | アメーバ体 | 分裂体 | 生殖母体(雌) | 生殖母体(雄) | |
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熱帯熱マラリア | |||||
三日熱マラリア | |||||
四日熱マラリア | |||||
卵形マラリア |
熱帯熱以外の生殖母体は、赤く染まる核の位置が辺縁に存在すれば雌、中央に存在すれば雄だが、判別は困難。上の写真も雄、雌の判別は定かではない。
熱帯熱マラリア
輪状体(早期栄養体) |
重症でみられる多数の輪状体 |
アメーバ体(後期栄養体)Maurer斑点 |
生殖母体 |
特徴
三日熱マラリア
輪状体(早期栄養体) |
輪状体(早期栄養体) |
アメーバ体(後期栄養体)Schuffner斑点 |
アメーバ体(後期栄養体)Schuffner斑点 |
生殖母体 |
特徴
四日熱マラリア
輪状体(早期栄養体) |
輪状体(早期栄養体)帯状 |
アメーバ体(後期栄養体)帯状体 |
分裂体 |
生殖母体 |
特徴
卵形マラリア
輪状体(早期栄養体) |
輪状体(早期栄養体) |
分裂体 |
栄養体 |
特徴
マラリア原虫の薬剤感受性および各マラリアの重症度の違いから、治療は大きく熱帯熱マラリアと非熱帯熱マラリアに分かれる。当科では、非熱帯熱マラリアではクロロキンを第一選択とし、熱帯熱マラリアではメフロキンを、重症例ではキニーネまたはアーテスネートを使用している。いずれの治療の場合も、経時的に赤血球の原虫感染密度を調べて(一日1回は数える)薬剤の感受性を確認し、効果がみられないときは耐性マラリア原虫の可能性を想定して迅速に治療薬を変更することが大切である。
熱帯熱マラリアと四日熱マラリアは急性期の熱発作療法が適切であれば、それだけで治癒に至るが、三日熱マラリアと卵形マラリアの場合は、肝細胞内にヒプノゾイト(休眠原虫)が存続するため、再発防止のために熱発作療法に引き続いてのプリマキンでの根治療法が必要である。
以下の4項目にわけて記載した。抗マラリア薬は投与方法が複雑で、禁忌事項や副作用も多いので注意が必要である。
三日熱マラリア、四日熱マラリア、卵形マラリアに対する治療法である。
クロロキン :パプアニューギニア、インドネシアではクロロキン耐性マラリアが報告されているため、下に記載の熱帯病および非熱帯熱マラリアの熱発作の治療に準じて治療する。
商品名 | Avloclor(リン酸クロロキン250mg/錠・クロロキン塩基として150mg) 「国内未認証薬の使用も含めた熱帯病・寄生虫症の最適な診療体制の確立」に関する研究班 保管薬剤 |
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内服方法 | (1)初回4錠、6時間後2錠、24時間後2錠、48時間後2錠を内服。 |
小児や妊婦へは | 妊婦や小児への投与の安全性が最も確立されている。 |
副作用・禁忌 | 副作用として時に胃腸障害、眩暈、悪心、羞明を呈するが多くは一過性である。黒人で掻痒感を呈することがある。まれではあるが急性、可逆性の中枢神経障害を起こす事がある。また、内服量がトータル100gを超えると網膜症が出現する可能性がある。 |
クロロキン中毒 | クロロキン中毒での死亡は最低1000mg内服より起こり得るので、服用量の間違いに気をつけなくてはならない。 |
商品名 | メファキン® 275mg/錠 |
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内服方法 | (1)15mg/kgを単回か2回分割(6時間毎)にて投与。 (2)25mg/kg を2回分割(6時間毎)にて投与(タイ国境などメフロキン耐性のみられる地域において)。 |
小児や妊婦へは | 5kg以下の乳児、妊娠第1三半期の妊婦には禁忌。 |
副作用・禁忌 | 副作用はめまい、悪心、嘔吐、下痢、頭痛、洞性徐脈、胃痛、皮膚症状、食欲不振等がみられる。精神疾患(うつ等)の既往のある人、4週間以内にハロファントリンの投与を受けた人、パイロットやマシンオペレーターなどの細かい微妙な動作を必要とする人には禁忌である。また、β−ブロッカー、カルシウム拮抗薬やキニジン等の抗不整脈薬を服用している人には心毒性を、アンピシリン、テトラサイクリン、メトクロプラミド投与者にはメフロキンの血中濃度上昇を注意すべきである。 |
耐性株の出現 | タイ国境地帯で耐性が出現し、世界の他の地域でも散発的に耐性が報告されている。本剤を使用しても原虫数が減少しないようなら他剤に変更する。 |
商品名 | マラロン® 配合錠(アトバコン250mg/プログアニル100mg合剤) |
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内服方法 | 4錠を1日1回食事や乳製品と共に内服、3日間継続する。 |
小児や妊婦へは | 11〜20Kgの小児 1日1回1錠 21〜30Kg の小児 1日1回2錠 31〜40Kg の小児 1日1回3錠 40Kg 以上の小児 成人と同量 妊婦への安全性は確立されていない。 |
副作用・禁忌 | 副腹痛、食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢、咳嗽、等が報告されているが、概して軽度である。 |
備考 | トキソプラズマ、ニューモシスチス・カリニによる感染症に使用されてきたアトバコンに、マラリア予防薬として以前から使われてきたプログアニルを加えて合剤としたもの。アトバコンは従来の抗マラリア薬とは構造も作用機序も異なる。また利点として、合剤であるために薬剤耐性の獲得がおこりにくいと考えられている。 |
商品名 | Riamet(アーテメーター20mg ルメファントリン120mg) 「わが国における国内未承認薬を用いた熱帯病・寄生虫病の最適な治療法の研究」 保管薬剤 |
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内服方法 | 1回量4錠。小児へは次のように減量し、成人と同様に投与する。 10〜14kg 1錠 15〜24kg 2錠 25〜34kg 3錠 妊婦への投与は避けたほうが良い。 |
副作用・禁忌 | 頭痛、めまい、胃痛、食欲不振、睡眠障害、動悸、下痢、嘔吐、皮膚掻痒、発疹、疲労感、関節痛、筋肉痛などが出現する。 本人の心疾患、家族に突然死や先天性心疾患がある場合は禁忌である。併用禁忌薬剤として、エリスロマイシン、ケトコナゾール、イトラコナゾール、シメチジン、フレカイニド、メトプロロール、イミプラミン、アミトリプチン、クロミプラミン、HIVプロテアーゼ阻害剤などがあげられる。 |
商品名 | Quinimax 250mg/2ml 「わが国における国内未承認薬を用いた熱帯病・寄生虫病の最適な治療法の研究」 保管薬剤 |
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投与方法 | キニーネ塩基8.3mg/kgを200〜500mlの5%ブドウ糖液等に希釈して4時間かけて点滴静注し、その後8〜12時間毎に繰り返す。数回投与して原虫の反応がみられたら、経口キニーネに切り換えるか、スルファドキシン/ピリメタミン合剤3錠、メフロキン15mg/kgなどの単回投与を追加する。通常は3〜5回の点滴で済むことが多い。 生命の危険が迫っているときは、初回のみ2倍量の16.6mg/kgを用いることがあるが、心毒性には注意が必要である。 |
小児や妊婦へは | 小児にも成人と同じ8.3mg/kgを投与する。妊婦への投与も安全性は高いとされている。ただし、子宮収縮作用がある。 |
副作用・禁忌 | 頭痛、悪心、下痢、めまい、知覚異常、耳鳴、視力障害、聴力障害、心電図でのQT延長、末梢血管の拡張、血圧低下、ショックなどが挙げられる。Bolus shotは不整脈の危険があり、してはいけない。QTcの25%以上の延長、あるいはQRS 幅の50% 以上の拡大がみられれば、投与速度を緩徐にするか中止する。また、低血糖の頻度も高い。 溶血、耳鳴、眼神経炎、重症筋無力症には禁忌である。また、G-6PD欠損症、心房細動、心伝導障害、βブロッカー・ジギタリス・Ca拮抗剤との併用には慎重投与である。 |
商品名 | Plasmotrim Lactab 50mg,200mg(内服) Plasmotrim Rectocaps 50mg,200mg(坐薬) 「わが国における国内未承認薬を用いた熱帯病・寄生虫病の最適な治療法の研究」 保管薬剤 |
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内服方法 | (1)重症熱帯熱マラリアでは、200mgを1日目2回、2〜5日目でそれぞれ1回投与する。 (2)合併症のない熱帯熱マラリアではこの半量を投与する。 タイの国境地帯のような高度薬剤耐性地域で感染した場合には、(1)または(2)の後にメフロキン15〜25mg/kgの追加投与が勧められる。 |
小児や妊婦へは | 小児へは5mg/kgを1日目2回、2〜5日目それぞれ1回の投与が勧められているが、その半量でも十分である可能性がある。妊婦へは妊娠第1三半期へは禁忌であり、安全性は確立されていない。 |
副作用・禁忌 | 腹痛、嘔吐、下痢などの消化器症状やめまい、臨床検査で網赤血球や幼弱な好中球の減少、一過性のトランスアミナーゼ上昇などがみられるが、問題になることはまれである。 |
合併症 | 対症療法 |
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脳性マラリア | 眠気と失見当識が前兆となり、せん妄、昏睡状態に陥ることが少なくないが、軽度ないしは中等度であればキニーネの点滴静注で回復する事が多い。呼吸状態、舌根沈下、誤嚥の危険をよく検討し、気道確保も考慮する。また、大量のステロイド、マンニトールの使用は慎重に行うべきである。 |
肺水腫 | 多くは心原性ではなく、ARDS の一型と考えられている。肺水腫が生じた場合、適切な呼吸循環管理が必要である。重症熱帯熱マラリアのいかなる病期にも生じ得るが、他の合併症と比較して後期に起こることが多い。 |
痙攣 | 抗痙攣剤としてジアゼパム、フェノバルビタールを用いる。フェノバルビタールの予防的投与(200mg、3.5mg/kg)を積極的に行うべきであり、最近評価されている。 |
貧血 | 感染赤血球のみならず、非感染赤血球も寿命の短縮が見られ、放置すると生命にかかわる。Ht20%以下、あるいはHb6.0以下では輸血を行うが、時に輸血された赤血球が異常に早く溶血するため、頻回に輸血が必要な事がある。このような場合、過剰な輸血で肺水腫が起こらぬように注意し、フロセミドを併用するのもよい。 |
急性腎不全 | 生命危険度の高い合併症。通常は乏尿(一日尿量が400ml以下、小児では12ml/kg以下)を示すが、稀に多尿にもなる。適切な補液にも関わらず、無尿が続く場合、透析の適応となる。透析開始を遅らせないように注意する。 キニーネは初期投与量(16.6または8.3mg/kg:上述)は変えずに投与し、48時間以降、50〜70%に減量して8時間毎に投与する。 |
水、電解質、酸塩基平衡の障害 | 過剰な輸液、輸血は急速に致死的な肺水腫をもたらす事があり、極めて危険。しかし一方では、循環血液量低下の状態が治療されないまま続くと脱水に陥ることがある。また重症熱帯熱マラリアではしばしば代謝性アシドーシスを呈し、代償的に過換気となることがある。pH7.2以下で補正を必要とし、重炭酸ナトリウムを投与するが、ナトリウム負荷に注意が必要である。 |
凝固異常・DIC様出血傾向 | DICの基準を満たしても、真のDICは稀であるといわれており、ヘパリンは慎重投与である。PT、APTTが延長している場合にはビタミンKの経静脈投与を行う。 |
低血糖 | 重症患者では低血糖を合併する事がある(malaria toxinの中にインシュリン様作用物質の存在が確認され、また感染赤血球は非感染赤血球の75倍の速度で糖を利用するともいわれている)。低血糖は特に小児や妊婦の場合や、キニーネやキニジンを投与している場合等に生じやすい。キニーネ自身による低血糖は、治療により昏睡から回復し数日が経過してからも発症する場合もあり、脳症と誤診される事があるので、意識障害がある時は頻回に血糖検査を行う必要がある。 |
高度の原虫血症における 交換輸血 | 24〜48時間の精力的な治療にも反応しない重症マラリアで、赤血球感染率が10〜20%以上の濃厚感染であれば交換輸血も考慮する。赤血球感染率を1〜5%程度に下げることを治療目標とする。抗マラリア薬による治療や貧血の補正を行ってから、手動で約500mlの血液を1〜2時間で瀉血後、同等量の血液(必要なら、FFP、血小板も補充、あるいは全血で代用する)で置換する。成人では普通8〜10回で目的を達するが必要に応じ回数を増やす。施行の際、中心静脈圧や血圧をモニターし循環動態を正しく把握する事が大切。 |
商品名 | Primaquine(プリマキン塩基 7.5mg/錠) 「わが国における国内未承認薬を用いた熱帯病・寄生虫病の最適な治療法の研究」 保管薬剤 |
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内服方法 | 熱発作療法の2日目以降、もしくは完了後に開始。プリマキン塩基15mgを1日1回14日間内服する(標準療法)。標準療法で再発するときは、総投与量6mg/kgを1日投与量15〜22.5mgの範囲内で服用するか、標準療法を1ヶ月の休薬期間をおいて2回繰り返す。 *熱帯熱マラリアで原虫が消失した後に生殖母体が長期間存在し、貧血に関係しているか、感染源として問題となる場合にも投与する(プリマキン塩基15mgを5日間)。 |
小児や妊婦へは | 小児へは1日1回0.25mg/kgを14日間投与する。 妊婦や新生児には禁忌である。 |
副作用・禁忌 | 腹痛、悪心、嘔吐、掻痒、視力障害、メトヘモグロビン血症、ポルフィリアの悪化、などの他に、G-6PD異常症では溶血性貧血を生じる。妊婦、新生児、RA、SLEの患者には禁忌。 |
プリマキン低感受性株 | パプアニューギニアや東部インドネシアなどでの感染例は標準療法を行っても再発を繰り返すことがある。 |
マラリア予防内服の適応は、その地域の汚染度、旅行者の行動様式、その地域の気候を考慮に入れて判断すべきである。同時にマラリアの流行地域には必要でない限り行かないよう指導もする(特に小児や妊婦)。また、予防内服をしていても、マラリアに感染することがあることも指導しておく。予防薬の内服は薬剤により異なるが、現地に入る前から開始し、帰国後も1〜4週間継続する必要がある。また、潜伏期の関係で短期滞在の場合は帰国後発症する(すなわちすぐに医療機関を受診できる)。したがって、コストパフォーマンスの点から短期滞在ほど予防内服の必要性は相対的に低くなる。当科では流行地滞在期間とマラリア対策について以下のようにアドバイスしている (おおよその目安です)。
2週間未満:
医療機関のある都市部のみの滞在であれば防蚊対策のみでも良い。ただし田舎での滞在、ジャングル旅行など感染リスクの高い行動をする場合に予防内服を勧める。
2週間以上・3ヶ月未満:
原則として予防内服を勧める。
3ヶ月以上:
長期の滞在になる場合は、3ヶ月未満の対策に準じた対策で現地に入り、3ヶ月以後のマラリア対策については現地の医師に相談することを勧める。この時、外国人診療(マラリアに対して免疫をもっていない外国人を対象)に精通した医師に相談することが望まれる。
WHO International Travel and Healthを参考に 国別のマラリアリスクと予防内服薬 についてまとめた。
日本国内で入手可能なマラリア予防薬はメフロキンとアトバコン・プログアニル合剤、ドキシサイクリン(適応症に含まれない)である。
商品名 | マラロン®配合錠(1錠=アトバコン250mg・プログアニル100mg、小児錠=アトバコン62.5mg・プログアニル25mg) |
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成人投与量 | 毎日1錠(脂肪を含む食物と一緒に内服する) |
小児投与量 | 11kg未満の患者の安全性は確率されていない 11-20kgでは毎日1小児錠、21-30kgでは毎日2小児錠、31-40kgでは毎日3小児錠、40kgを越える場合は大人と同じ量を毎日内服する |
内服期間 | 流行地到着1日前より始め、流行地出発後1週間続ける |
副作用・禁忌 | 腹痛、食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢、咳嗽などがみられるが軽度である 妊婦には禁忌 |
商品名 | メファキンMephaquin®(1T=275mgメフロキン塩基) 国内で処方できるが予防目的の場合は保険がきかない |
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成人投与量 | 5mg/kg(成人で通常1錠)を流行地到着1週間前から流行地出発後4週まで毎週1回服用する |
小児投与量 | 5mg/kgを流行地到着1週間前から流行地出発後4週まで毎週1回服用する |
内服期間 | 流行地到着1週間前より始め、流行地出発後4週間続ける めまいなどの副作用をを合併することが多く、出発の2週間前から試験的に服用し、それから現地入りするのが良い |
副作用・禁忌 | 不安、不眠、眩暈、錯乱など精神神経系の副作用が多く、悪心、嘔吐、下痢、頭痛、洞性徐脈、胃痛、皮膚症状、食欲不振等が見られる 精神疾患(うつ等)の既往のある人、4週間以内にハロファントリンの投与を受けた人、パイロットやマシンオペレーターなどの細かい微妙な動作を必要とする人、3日以内に経口生ワクチンを接種した人には禁忌である。また、β−ブロッカー、カルシウム拮抗薬やキニジン等の抗不整脈薬を服用している人には心毒性を、アンピシリン、テトラサイクリン、メトクロプラミド投与者にはメフロキンの血中濃度上昇を注意すべきである。5kg以下の乳児、妊娠第1三半期の妊婦には禁忌。 |
商品名 | Vibramycin®(1T=100mg, doxycycline salt) 国内で処方できるが適応症に含まれない |
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成人投与量 | 14歳以上体重50kg以上は100mg塩基を毎日内服 |
小児投与量 | 1.5mg塩基/kg毎日 8歳未満体重25kg以下では禁忌 |
内服期間 | 流行地到着1日前より始め、流行地出発後4週間続ける |
副作用・禁忌 | 光線過敏症(肌の白い人は日焼け止めクリームを使用する) 妊婦、8歳未満の小児には禁忌 |
商品名 | Avloclor(リン酸クロロキン塩基150mg、250mg/錠) 国内では入手できない(「わが国における国内未承認薬を用いた熱帯病・寄生虫病の最適な治療法の研究」保管薬剤は予防目的には使用できない) |
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成人投与量 | 14歳以上、体重50kg以上は300mg塩基を週1回 |
小児投与量 | 5mg 塩基/kg週1回 |
内服期間 | 流行地到着1週間前より始め、流行地出発後4週間続ける |
メフロキンで予防をはじめ、現地でクロロキンを入手する方法もある | |
副作用・禁忌 | 胃腸障害、眩暈、網膜症(内服が5年以上になる場合年2回の眼底検査が必要) |
てんかん、尋常性乾癬の既往、ポルフィリアには禁忌 |
商品名 | Paludrine®(1T=100mg, proguanil hydrochloride) |
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成人投与量 | 14歳以上体重50kg以上は毎日200mg |
小児投与量 | 3mg /kg毎日 |
内服期間 | 流行地到着1日前より始め、流行地出発後4週間続ける |
副作用・禁忌 | 胃腸障害、脱毛、口腔内潰瘍 クロロキンとの併用のみに使用する |
マラリアに罹患してもすぐに医療機関を受診できないような地域に滞在する場合に、あらかじめ自己治療のためのマラリアの薬を用意し、必要時に内服して頂く場合がある。これをStand-by Emergency Treatmentといい、次のようなガイドラインがある。ただし、これはあくまでも応急処置であり、自己治療を行ってもそれで十分とせずに,できる限り早く医療機関を受診すべきである。