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輸入感染症

輸入感染症を診療される医療従事者の方へ

輸入感染症各論[旅行者下痢症]

旅行と感染症]のページに示したとおり旅行者が発展途上国を1ヶ月旅行した際に罹患する疾患の中で、最も頻度の多いものが旅行者下痢症であり、次のように定義される。

定義

種々の微生物による感染性腸炎の総称で、24時間以内に4回以上または8時間以内に3回以上の下痢で、少なくとも吐き気、嘔吐、胃部疝痛、発熱、便意促迫、腹痛またはしぶり腹、粘液便または血便の症状のうち一つを伴う下痢と定義される。

旅行者下痢症の原因と頻度

  • 毒素原性大腸菌(ETEC): 30〜70%
  • 細菌性赤痢: 5〜10%
  • サルモネラ: 5%以下
  • カンピロバクター: 5%以下
  • 腸管付着性大腸菌(EAEC): 5〜10%
  • ロタウイルス: 5%以下
  • ランブル鞭毛虫: 5%以下
  • 赤痢アメーバ: 3%以下
  • クリプトスポリジウム: 5%以下
  • サイクロスポーラ: 1%以下
  • 原因不明: 20〜30%
(CECIL TEXTBOOK OF MEDECINE 20版1658ページより)

旅行者下痢症の原因となる疾患

旅行者下痢症の原因となる疾患には以下の疾患がある。

毒素原性大腸菌下痢症

流行地東南・西・東アジアやアフリカ
感染経路食物、水、氷、感染者の手指、器物から経口感染する。
潜伏期間1〜数日。
症状水様性の下痢、腹痛、嘔吐、発熱
経過排菌期間は1週間程度である。
診断診断には便培養が不可欠で、発症3日目以降の菌検出率は50%前後である。
予防法カットフルーツ(自分で剥いたものは大丈夫)やサラダ、生の魚介類は避け、十分に加熱調理したものを食べるようにする。また、水はミネラルウォーターか沸騰させたものを飲むようにし、飲み物の中の氷にも注意する。食事は不衛生な屋台などは避け、衛生状態の良い店を選ぶようにする。
治療その他補液療法を中心とした対症療法が中心であり、ニューキノロン系やホスホマイシン系抗生剤の使用も有効である。

コレラ

流行地コレラは広く世界に分布しており、特に熱帯、亜熱帯の途上国に多くみられる。
感染経路コレラ菌に汚染された飲食物を経口的に摂取して感染する。
潜伏期間数時間〜5日 通常1日前後が多い。
症状急激な水様性の下痢(米のとぎ汁様)で発熱や腹痛がほとんどみられないのが特徴である。
経過下痢による脱水症状・虚脱感・体重減少
診断下痢便よりコレラ毒素産生性のO1またはO139血清型のコレラ菌を分離
予防法カットフルーツ(自分で剥いたものは大丈夫)やサラダ、生の魚介類は避け、十分に加熱調理したものを食べるようにする。また、水はミネラルウォーターか沸騰させたものを飲むようにし、飲み物の中の氷にも注意する。食事は不衛生な屋台などは避け、衛生状態の良い店を選ぶようにする。
予防接種2回の予防接種で6ヶ月間の効果が得られる。6ヶ月以上の効果を得たい場合には、6ヶ月以内に1回の追加接種が必要。
治療その他
  1. 摂取されたコレラ菌は、通常胃酸で大部分死滅する。胃切除者、胃酸分泌を抑制する薬剤を内服している人は発症しやすい。
  2. 健康保菌者や軽症で軟便の排泄にとどまる例も相当多い。
  3. 抗生剤の投与は、菌の排泄期間を短くし、下痢の期間も短縮させる。第一選択はニューキノロン系薬剤。
  4. 脱水症状の治療に成功すれば、後遺症を残すことなく完治する。

細菌性赤痢

流行地推定感染国は東南アジア、南アジアが多く、その他、アフリカ、中南米等。
感染経路患者糞便、それらに汚染された手指、食品、水からの経口感染。10個から100個の少ない菌量で感染が成立し、家庭内での2次感染率は40%に及ぶ。
潜伏期間1〜5日 通常3日以内
症状発熱、腹痛、下痢(水様〜時に濃粘血便)
経過しぶり腹(便意があっても便がほとんどなく、すっきりせず常に便意がある状態)が続く。
診断糞便培養により赤痢菌の分離・同定
予防法カットフルーツ(自分で剥いたものは大丈夫)やサラダ、生の魚介類は避け、十分に加熱調理したものを食べるようにする。また、水はミネラルウォーターか沸騰させたものを飲むようにし、飲み物の中の氷にも注意する。食事は不衛生な屋台などは避け、衛生状態の良い店を選ぶようにする。
治療その他
  1. ニューキノロン薬あるいはホスホマイシンの5日間経口投与が我が国の第一選択である。ニューキノロン薬は主に成人が対象。ホスホマイシンは小児あるいは、ニューキノロン薬が禁忌・慎重投与の成人が対象。
  2. ニューキノロン薬、ホスホマイシンとも耐性菌が出現しているので、感受性試験の結果によって薬剤を変更する。感受性菌であっても再排菌がみられることがある。セフェム系は再排菌率が高いので使用しない方がよい。
  3. 解熱薬は脱水を増悪させる可能性があり、かつ治療薬であるニューキノロン薬との併用が好ましくない薬剤が多いため慎重に選ぶ。
  4. 家族の検便が必要である。

アメーバ赤痢

流行地世界的に分布。海外渡航者以外では、国内で福祉施設での集団発生、ホモセクシャルの間でみられる。
感染経路患者糞便の嚢子(シスト)を経口的に摂取し、感染が成立する。
潜伏期間数日から数ヶ月(平均2-4週間)
経過
  1. アメーバ性大腸炎

    比較的ゆるやかな発症で粘血便を伴ういわゆるイチゴゼリー状の下痢、腹痛、しぶり腹(まれ)

  2. 腸外アメーバ症

    肝膿瘍が最も多い。肝腫大により、同部の重圧感、右肩に放散する自発痛、圧痛、発熱、吐き気、嘔吐など

診断
  1. 糞便または大腸組織内にE. histolyticaを証明。
  2. 血清抗赤痢アメーバ抗体陽性
  3. 排泄後すぐの便を鏡検し、アメーバの栄養体を証明する。
予防法カットフルーツ(自分で剥いたものは大丈夫)やサラダ、生の魚介類は避け、十分に加熱調理したものを食べるようにする。また、水はミネラルウォーターか沸騰させたものを飲むようにし、飲み物の中の氷にも注意する。食事は不衛生な屋台などは避け、衛生状態の良い店を選ぶようにする。
治療その他
  • 第一選択はメトロニダゾールの経口投与であり、経口投与不可能時にはメトロニダゾール注射液を使用する。症状が軽快した後、シストの治療としアメパロモ®(パロモマイシン)を投与する。メトロニダゾール注射液(Flagyl 0.5w/v% 100ml)は「わが国における国内未承認薬を用いた熱帯病・寄生虫病の最適な治療法の研究」班の保管薬剤である。
  • また、メトロニダゾール内服中は禁酒させる。

ランブル鞭毛虫症

流行地世界中に分布するが、特に熱帯や亜熱帯の発展途上地域では、きわめてありふれた疾患。
感染経路食事や飲水時にシストを経口摂取して感染する。欧米の大都市で水道水を介して集団感染した事例がある。
潜伏期間2-3週間程度が多い。
症状・経過
  1. 下痢(軟便から水様便までその程度はさまざまで、正常便と下利便を繰り返すこともある。また脂肪便をみることもある。)
  2. 通常発熱はない。
  3. まれに胆管炎、胆嚢炎を起こすことがある。
診断新鮮な便より顕微鏡下にランブル鞭毛虫の栄養型やシストを検出する。
予防法カットフルーツ(自分で剥いた果物はOKです)やサラダ、生の魚介類は食べないようにし、十分に加熱調理したものを食べるようにしてください。飲み物の中の氷は十分に注意し、水はミネラルウォータや煮沸したものを飲用としてください食事は屋台を避け衛生状態の良い店を選んでください。
治療その他治療はメトロニダゾールの経口投与。